2007年11月20日
ここも紅葉ライトアップ! 普現寺

大分を代表するとんち話・昔話として、今尚語り継がれる「吉四六話」。
「吉四六さんの天登り」「馬の銭糞」など、その内容は多岐に渡り、爽快な結末で気軽な民話と思いきや、現代の目で見ても何か意味があるような深い話にも聞こえてきます。
そんな吉四六さんが実在した人物をモデルにしている、という話は有名ですよね。
『普現寺』
『吉四六さんの墓』
晩秋の季節、紅葉のライトアップが開催されるのは用作公園だけではないんです。

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国道10号線を大分市方面から佐伯市方面へ走っていると、野津町の商店街入り口を越えた先に、普現寺の案内図が発見できます。そこから山へと向かう道は、お寺や神社に多い長い階段ではなく、滑らかに舗装された道。
良く整備されていて、ここを訪れる方が気持ち良く来れる事が予想されます。
この道を登り始めて10分としないうちにこの看板に辿り付きます。そこを真っ直ぐ進めば普現寺へ。左に曲がれば墓碑群があります。
まずは吉四六さんの墓を探して、歩きます。
「わざわざ墓まで作ったのか…」
と思った方…大きな間違いです。もちろん吉四六さんは実在の人物をモデルにしてますので、墓を作ったのではなく、墓があったのです。
近所のご家庭のものと思われるいくつかの現代風なお墓の中で、明らかに目立つものが中央付近の道沿いにありました。他のものに比べるとごく小さいお墓ではありますが、立派な屋根が付けられ、説明文なども用意されていました。
これが吉四六さんのお墓。
吉四六さんの本名は「廣田吉衛門」さん。
実は吉四六さんというのは良くある民話の主人公のように、貧しい農民ではなく、苗字帯刀を許された小庄屋でした。さらに廣田吉衛門さんは世襲され、寛永5年(1628年)からその後7代も続いているので、実際にはどの代の廣田吉衛門さんが吉四六さんなのかは定かではありません。つまりここにもたくさんの廣田吉衛門さんのお墓があるのです。
ここにある墓は左から初代吉四六さん、その妻のおへまさん、右二つが吉四六さんの縁者の墓とされています。
四つの墓は全て江戸時代のもので、特に初代吉四六さんの墓は劣化も激しいのですが、良く残っていたなぁと感心。 説明文によると実際の吉四六さんは年貢の取立てに苦しむ庶民の味方になったり相談役になったり、持ち前の才能とユーモアで当時の野津町のリーダー的存在だったとありました。
実在した人物の民話なんて珍しいですよね。
さて、先ほどの分かれ道に戻って真っ直ぐに道を登るとものの3分ほどで普現寺へと辿り付けます。正保年間(1644~48年)にこの地に移転された臨済宗妙心寺派の寺院。
風情溢れるその姿をどうぞ御覧下さい。
境内にある約200本のもみじが、紅葉の時期には赤や黄色に見事に染まり、観光客の目を楽しませてくれます。毎年秋の11月の下旬にはこのもみじがライトアップされる三日間が用意されていました。
しかし、今年はどうやら1週間以上が予定されているらしく、明日11月21日(水)~30日(金)の日程のようです。
点灯時間は18時~21時まで、三連休になる今週の週末には、琴やオカリナなどのミニコンサートも予定されています。
詳しくは観光協会のイベント紹介にて。
吉四六さん・吉四六話生誕の地・臼杵市野津町。実はこの紅葉の時期には、知る人ぞ知る、マニア向けの名スポットへと変貌すると言う話をこっそり(?)教えました。
吉四六さんの生きた時代と変わらない、のどかな街並みで、楽しいとんち話を聞きながら散策するのも粋なものです♪
普現寺
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この記事へのコメント
臼杵市の記事発信ありがとうございます。歓迎感激です。また、サイトに遊びに来て下さいネ!
Posted by 999(すりいないん) at 2007年11月21日 02:01
999さん
臼杵は私にとっても地元ですから、話題があればなるべく取り上げますよ。
そういえば、keikoのお父さんが亡くなりましたね。山田屋はもう通常通り営業されているのでしょうか?
臼杵は私にとっても地元ですから、話題があればなるべく取り上げますよ。
そういえば、keikoのお父さんが亡くなりましたね。山田屋はもう通常通り営業されているのでしょうか?
Posted by ケンジ at 2007年11月21日 06:42



