2007年08月31日

鳥天戦争勃発!?

大分の三面記事

8/18の大分合同新聞の朝刊で、興味津々の三面記事がありましたのでご紹介いたします!

題名は
「大分市?別府市?鳥天ルーツで火花」

過去、大分活性化宣言!でも大分名物でもある、とり天の美味しいお店を何度か紹介してきました。
特に大分市の二件については「鳥天発祥のお店」として、紹介したものです。

大分市鶴崎 とり天のルーツを探る! キッチンいこい
問答無用の旨さ! キッチン丸山

果たしてこの記事の内容とは?
そして気になるその結末とは?
一部大分合同新聞より抜粋しながら、この問題を取り上げてみます。




果たして真相は!?
↓↓↓↓



「鳥天は四十数年前、大分市内の食堂から生まれた」

論争の発端は、こう書かれていた大分市の観光パンフレット。
これを見た、別府市の観光まちづくり室室長は16日に大分市役所まで乗り込み、

「鳥天発祥の地は、別府市。証拠もある。」

と抗議したそうです。

ではまず別府市の言い分から。
鳥天ルーツの発端は、別府市石垣東にある「レストラン東洋軒」だと言います。
大正15年という県内でも有数の老舗店。
ここの昭和初期のメニューに、『鶏の天プラ』というメニューがあるんだそうです。
お店の方のお話では、当時台湾の料理人を招いて中華料理を始め、洋食と中華の融合した商品として、この鳥天が生まれたそうです。
こちらはキッチンいこいのとり天

そして近代。
今でもとり天の旨いお店として、知る人ぞ知る有名老舗洋食店「グリルみつば」。
昭和53年創業時には既に『鶏肉ノテンプラ』が存在していたそうです。
創業者(現在のオーナーの祖父)は元東洋軒の料理長。鳥天の起源は東洋軒で間違いないと、話しているそうです。

さて、一方の大分市は…
「確証はないが、市民の間で大分市発祥説は根強い。こればかりは譲れない。」と真っ向から反論。

大分市発祥説の出所は間違いなく、トキハ裏にあった『いこい』という大衆食堂。
名刺の裏に「元祖とり天の店」と書き、メディアにもしばしば登場する『キッチン丸山』の店主は、60年頃、いこいの店主と考案した、と言い、
「鶏の天ぷらはあったのかもしれないが、鳥天は独自のもの」
と話しています。


そのいこいのDNAを継ぐ、『キッチンいこい』もとり天の元祖を名乗り、
「郷土料理としてはいこいが発祥では」
と語っているそうです。


今後も続くと思われる、「鳥天のルーツ」論争。
まさに「鳥天戦争」勃発ですね!
これでまた鳥天が有名になるなら、それはそれで良いことです♪

惜しむらくは、別府市の代表的な元祖として名前が挙がった二店、『レストラン東洋軒』と『グリルみつば』にまだレポが出来てない事。。。
近いうちに、この二店に行き、話題の鳥天をレポして来たいと思っています!!

続報に乞うご期待!!





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この記事へのコメント
あらま・゚・(>_<)・゚・双方譲らないわけですね。わたしなんかは、おいしい鳥天が食べられる大分県自体すばらしいと思っていますが。…ていうか、今マジお腹空いてるんですよ。お昼は鳥天にしたいけど、ないから唐揚げにしよーかなぁ
Posted by 大介and洋子 at 2007年08月31日 11:37
洋子さん

鳥天とから揚げは紙一重ですから、その欲望の満たし方は正解です(笑)

元祖を名乗るお店であればあるほど、鳥天はから揚げに近い味になっている気がします。
Posted by ケンジ at 2007年08月31日 18:58
 

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