2007年08月15日

終戦記念日特集1 佐伯市平和祈念館 やわらぎ

2007年 終戦記念日特集 第一弾

昨年の終戦記念日、宇佐海軍航空隊の跡地を案内してもらい、今でも残る様々な戦争の傷跡を見せていただきました。
そこで見たのは生々しい戦争の爪跡。

他にも、大分が戦場になったという地はないのか?
そう考え調べてみると、宇佐とは別の海軍航空隊の名前に辿り着きました。

佐伯海軍航空隊

第二次世界大戦の開戦前に結成された海軍航空隊。
なぜ佐伯市だったのか?
佐伯海軍航空隊が大きく関わった、歴史的な出来事とは?
そして佐伯市は戦場になったのか?

様々な事実を知るために、佐伯市鶴谷にある

『佐伯市平和祈念館 やわらぎ』

に行ってきました。

2007年の終戦記念日特集は佐伯市からスタートします!


▼この記事は『トラックバックでボランティア』の指定記事です。




何かを感じたら一票お願いします!
↓↓↓↓



P1170489.jpg佐伯市平和祈念館 やわらぎは、JR佐伯駅から真っ直ぐ佐伯湾の方へ。
文理大付属高校の斜め前あたりに位置します。
私も初めて行ったのですが、とても綺麗で、感じも良かったです。
話によると、今年の春にリニューアルされたばかりで、見学者も増えているのだとか。


P1170420.jpgこれが1Fエントランス。
どこかモダンな感じもしますし、白を基調にした、清潔感ある内部です。
通常の見学コースなら、ここから二階へと上がり、一周してここへ戻ってくるコースが用意されています。
係りの方が案内で説明してくれますので、分かりやすくて勉強になります。


P1170427.jpgではここでもこのコースに沿って、このやわらぎの説明と、佐伯海軍航空隊の解説をしていきたいと思います。
二階へ上がる階段に掛けられているタペストリーには、佐伯海軍航空隊と佐伯市の一連の歴史を知る簡単な写真になっていました。
ここではとにかく祈念館の綺麗さが目立ちます。


P1170455.jpg二階にはいきなり本題である、佐伯海軍航空隊の歴史的な展示品や、戦時中の様々な生活必需品を見ることが出来ます。
実はこのやわらぎの隣には、海上自衛隊佐伯基地分遣隊があります。ここに戦時中、佐伯海軍航空隊の庁舎がありました。
さらにその先、中江川を越えた向こう側に現在は興人の佐伯工場がありますが、そこが飛行場だった場所で、掩体壕なども今でも見ることが出来ます。


P1170433.jpg佐伯市は軍都になる事を自ら望みました。
それは軍都になることで、莫大な資金が市に入る事になり、当時の常識から考えると、大変名誉な事だったのでしょう。
こんないきさつもあり、1934(昭和9)年、佐伯海軍航空隊は開隊することになります。
時に日中戦争開戦前。同戦争では多くの兵士達がこの佐伯市から派遣されているのです。


P1170437.jpg1940年台に入る頃、佐伯市の湾岸を舞台に大規模な演習が繰り返されます。
この頃、この演習が何のためのものなのか?知る者はほとんどいませんでした。
実は、佐伯市の湾岸一帯は、当時のある地方の港に形状が良く似ていたそうです。
つまりその地を攻撃するための演習でした。時に第二次世界大戦勃発前。


P1170441.jpg佐伯市に似ていたその地こそ、世界を驚かせた真珠湾攻撃の舞台、パール・ハーバーです。
真珠湾攻撃の際、択捉島の単冠湾に集結した攻撃隊が一斉に出撃したのは有名な話。
ところがそれだけではなく、実際に佐伯からも出撃隊が発進された事がここで分かります。


P1170457.jpgさて、多くの展示品が物語る、現代人の我々では到底理解できない生活品・軍需品の数々。
そんな中でも目を惹いたのはこちらの織物。
千人針」と呼ばれるもので、白い綿布に赤糸で縫い玉を作り、出兵の際に兵士の無事を願い妻や母が送ったものなのだそうです。
名前の通り、その縫い玉は、一人一粒でちょうど千個。つまり千人の女性に縫って貰うんだそうです。
『祈武運長久』と書かれているのが分かります。


P1170461.jpg一通り、二階を見て廻ると、再び来た道とは反対の一階へ。
このホールでは、実際に戦争を体験した佐伯市民の方の悲痛な体験談を中心とした、佐伯市と佐伯海軍航空隊の説明VTRを見させていただきました。


P1170465.jpg1945年(昭和20年)、ついに米軍は本土へと攻撃を掛け始め、もちろん重要軍事施設のあったこの佐伯市も空爆の標的とされました。
昭和20年3月18日、米軍による初めての佐伯市空爆。以降計6度に渡り空襲を受ける事になります。
特にこのVTRで、涙ながらに説明をされていた4月26日の空襲は、凄惨な現場だったようです。


P1170492.jpg場所は、現在佐伯鶴城高校のある、馬場通り。
この辺りにはいくつかの共同防空壕があったそうですが、その中の一つに直撃弾が落下。
避難していた多くの市民が犠牲になったそうです。


P1170476.jpg佐伯市が見舞われた最後の空爆が8月14日。
この日、ポツダム宣言が受諾され、翌日太平洋戦争は終結します。
あと数日早ければ、少なくともその日亡くなった市民4人の命は助かっていました。


P1170482.jpg佐伯市に築かれた重要軍事施設、そして佐伯海軍航空隊。
ここで命を落とした多くの市民、そして戦争のあった時代を必死に生きた佐伯市民。
多くの事がこの平和祈念館やわらぎで学べました。
ここで何を感じ、何を考えるか?それは皆さん次第です。
どうぞ一度足を伸ばし、その目で真実を確かめてください。



P1170491.jpg最後に、佐伯海軍航空隊が歴史に名を残している事実をお伝えします。
1945年(昭和20年)一億総特攻の魁となるべく、当時世界一とも言われた巨大戦艦が出航しました。
―戦艦・大和―
大和は豊後水道を経由し、4月7日鹿児島坊ノ岬沖90海里の地点で、空襲を受け、沈没します。
実は大和が米軍に発見されたのは、この豊後水道であり、この時大和を警護していたのは、この佐伯海軍航空隊だったのです。



佐伯市平和祈念館 やわらぎ
佐伯市鶴谷町3-3-12
TEL 0972-22-5700
開館時間 9:00~17:00(入館16:30)
休館日 月曜日(祝日の場合翌日)
観覧料 大人300円 小・中学生100円



大分活性化宣言!は移転しました!
↓↓↓クリック↓↓↓

この記事へのトラックバックURL
http://active.junglekouen.com/t16436
この記事へのトラックバック
ご無沙汰しております。スタッフ沙乙です(^_^;)先日、何も聞かされずに、とりあえず佐伯方面へ車を走らせ途中で終戦記念日特集の取材と知らされ同行しました。正直、得意分野ではなかっ...
スタッフ沙乙の感想【静かな月】at 2007年08月15日 12:07
大分活性化宣言というブログで、こんな企画をやっています。だけど、実際にトラックバックを送信する人は少ないんじゃないかな?だって、冷めた性格がウリの大分県民。知ってても、や...
終戦記念日ですが、何か?【30代独身♂ですが、何か?】at 2007年08月15日 15:26
 早朝目が覚めてしまい、なんとなく睡眠不足のまま午前7時になっちょった。暑くて汗もかいちょったけん、朝からシャワーを浴びた。それから朝ごはんを食べて、薬を飲んでいつものよ...
敗戦記念日 【いちわのすずめ】at 2007年08月15日 23:25
現・宇佐市の柳ヶ浦(旧柳ヶ浦町)は、「宇佐海軍航空隊」の基地があったことから、激しい空襲にさらされました。 2000年度、柳ヶ浦小学校の6年生がまとめた「平和証言集」とい...
柳ヶ浦空襲遺跡【asuのusablog】at 2007年08月16日 22:16
この記事へのコメント
パソコンの調子がわるいので、携帯からコメントします。ここ、わたしの実家のすぐ近くです。歩いていけるとこですね。何年か前犬の散歩でこのあたりまで来ました。戦闘機(?)展示されてませんでしたか?
Posted by 大介and洋子 at 2007年08月15日 09:47
佐伯市民でありながら、おまけに…実家から歩いて3分ほどなのに、行ったことがありません…

ブログを読んで、凄く胸を打たれました。。。 この近所は子どもの頃の遊び場…防空壕や器具庫…中に入って遊んでいました。近くの濃霞山にも戦争のあとが沢山あります。。

鶴城高校の側に爆弾が落ちた話も昔聞きました。

やわらぎ…一度行ってみます。。。
Posted by ミルキー at 2007年08月15日 12:34
洋子さん

そうですね。
すぐ近くですね♪

戦闘機というよりも、その残骸というか、プロペラ部分が三体程展示されていました。

米軍のものだそうです。
Posted by ケンジ at 2007年08月15日 17:51
ミルキーさん

コメントありがとうございます。

近くであればあるほど、なかなか遠いものですよね。
今回機会に恵まれ、初めてお邪魔しましたが、本当に勉強になりました!
是非オススメしますよ☆
Posted by ケンジ at 2007年08月15日 17:54
佐伯でも戦争の爪痕は残っていたのですね・・・。知りませんでした・・・。
それにあの戦艦・大和の警護をしていたのが
佐伯海軍航空隊だったとは。。。
戦争は、悲しい。
Posted by iram at 2007年08月16日 08:30
iramさん

宇佐も有名ですが、佐伯にもたくさん戦争史跡があるんですよ。
近くに来たら、寄ってみて下さい♪
Posted by ケンジ at 2007年08月16日 15:24
初めまして、「佐伯海軍航空隊」でサーチしてヒットしてやってきました。私にとっても今、興味ある記事です。
昨年、新聞でたまたま自宅(大分市)近くに海軍飛行場があったことを知りました。本やTVでなく、歴史が身の回りにあることが心に引っかかっていました。1年も経ってお盆に時間があったのでひとりで見に行きました。
http://sueyoshi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_2.html

畑しかありませんでしたが、砂利を均すのに使った転圧ローラーなるものが近くの公園にありました。

私は以前、航空隊があった宇佐市にも2年ほど勤務していました。
http://sueyoshi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_4816.html

また、次の記事の予科練資料館の近くにも10年住んでいました。そして、今、佐伯で勤務しています。そばに史跡あったのに「風景」として見ていたような気がします。平和祈念館に行ってみます。
1945年に県内でも空襲が激しくなり、いたるところに海軍は飛行場や回天基地等が作ったようです。豊予要塞や保戸島国民学校の空襲ももっと県民としては知るべきかなとこの歳(1958年生れ)になり急速に思うようになりました。県内のどこでも戦争に向かっていたようです。だから史跡も県内いたるところにあるようです。

長くなりました。では。
Posted by 末吉 at 2007年08月19日 22:52
末吉さん

始めまして。

戦争のことや当時の生活・文化に興味を持ち、知ることはとても大切ことですよね。
末吉さんに比べると、私などまだまだ駆け出しの勉強中ですが、私も次世代に正しい知識を伝えられるように、これからも努力を続けて行きたいと思っています。

遅れましたが、これからもどうぞよろしくおねがいします♪
Posted by ケンジ at 2007年08月20日 08:43
はじめましてでっす。
佐伯にこんなところがあるなんて、知りませんでした。

先日TVで『出口のない海』がありました。確か、“回天”という人間魚雷のお話でした。
その回天の基地が佐伯にあったそうです。
なんでも、訓練はしていたけど、実践にいたらず終戦を迎えたとか。
けど、訓練って、あんな、厳しいことやってたんだと思うと、固まる…

大分市にも基地があったとかって、聞いてます。

…あれって、映画だからきれいにつくってあるんだろうな・・・

もういっちょ、
『男たちの大和』ってのがあります。沖縄戦で沈没するんす。

その台詞の中で、豊後水道を抜けて鹿児島沖を南下するあたりだったか、護衛についていた飛行機が一機もない!ということに蒼白するシーンがあるんですわ。
(こまいこととですが、“警護”じゃなくて、たぶん“護衛”ですわ・・・)
これが、これが佐伯の航空隊を指してたことは今や明白な事実(鳥肌)

そうしてやがて黒雲のような数の米軍の飛行隊が大和を襲うシーンが始まる。あんなにべったり空一面。護衛って、それ以前に、無事帰還できたのでしょうか。

この、“見上げれば、空一面、米軍機べったり”というのは、虚実ではなかったろうと、ボクは思います。

あ~、ちょっとふざけ口調ですが、考えてることは結構マジで、なんというか、こんなんでゴメンしてください。
34℃の平和な太陽が眩しかとです。

次のも楽しみにしとります。
Posted by めるも at 2007年08月22日 11:36
めるもさん

回天の基地が大分市にあったのというのは、ちょっと勉強不足で分かりませんが、日出町の回天大神基地跡は昨年の特集で取材しましたので、こちらを御覧下さい。

http://ooitaken.iza-yoi.net/hiji/kaiten01.html

めるもさんの仰るとおり、悲しい事実は目を背けるだけじゃ駄目だと思っています。
正しい過去の真実を知り、また伝える。
このために我々が出来る小さな努力をこれからも惜しまずやっていこうと思っています。

>34℃の平和な太陽が眩しかとです。

まさにその通りですね。
Posted by ケンジ at 2007年08月22日 11:45
○ケンジさんへ
私は詳しいわけではありません。だた、もっと大分の歴史を知ることが必要だと感じ始めているレベルです。
話は変わりますが、当方のブログにリンクさせてください。

○みなさんへ
回天基地は日出の他にも佐伯市米水津や佐伯湾(?)にもあったようです。特に本土決戦を意識してか、県南には砲台が目立つようです。図書館で郷土資料をみると色々と資料が見つかります。
Posted by 末吉 at 2007年08月22日 23:47
末吉さん

リンクの件、もちろん了承しますよ。
私の方も、近いうちにリンクしておきます。
まずかったら連絡くださいね。

これからも面白い情報などなりましたら、遠慮なく教えてください!
Posted by ケンジ at 2007年08月23日 08:15
はじめまして。突然ですがブログ検索より佐伯市にゆかりの方にメールをさせていただいております。現在農林水産省では農村漁村の郷土料理百選を選出中です。ついては佐伯市名物の『ゴマだしうどん』に投票くださいますようお願いします。知人の方にもご紹介いただければ幸いです。
百選のHPアドレスは以下のとおりです。
http://asp.cbase.co.jp/asp/rdpc/rdpc.php?
佐伯市観光協会のHPは以下のとおりです。
http://www.kyushu1-saiki.com/
Posted by ryuko-tashima at 2007年10月04日 22:40
ケンジさんこんにちは。お元気ですか?
おもしろい本を紹介されたので、ちょっとだけ、お知らせします。

『オキナワを歩く』(広島経済大学岡本ゼミナール編 ノンブル社)

沖縄戦跡巡礼をした学生さんが、見たこと、感じたことを、ピュアな感覚で綴っています。

どうしてこの本を知ったかというと、その学生さんの一人、高木将晃さんが、その巡礼の体験をお話しして下さいまして、それから、本のことも知りました。
高木さんが佐伯に帰省されたときのことでした。

ケンジさん、こんなに自由に、感じたことそのままに語れるって、忘れちゃいけないことなのかもしれないですね。
ちょっと、はっとさせられました。
Posted by めるも at 2008年02月07日 16:24
めるもさん

書き込みありがとうございました。

なるほど。佐伯市の学生さんが書かれた本なのですね。
普通に本屋で買えるのかな?
機会があれば探してみたいと思います。

情報ありがとうございました!!
Posted by ケンジ at 2008年02月07日 19:11
それからですねぇ、ケンジさん!
今度やわらぎで『特別展』あります。

それが、な~んと…!!

平和祈念館特別展『写真で見る沖縄戦』   ※4/6(日)まで開催
(市の行事案内をそのままコピペしました。ペコリ)
2月23日(土)からだそうです。

これは、偶然だろうか。いや、必然?
引力を感じました。
 
Posted by めるも at 2008年02月10日 16:16
めるもさん

それは勉強するには素晴らしいタイミングですね。私も佐伯に行く機会があれば、是非寄ってみたいです。

4・6までなら、まだまだ時間もありますし、楽しみですね♪
Posted by ケンジ at 2008年02月11日 11:41